 |
 |

2002/10/19
|
「教会の見えない垣根?」
久しぶりの日記です。一週間毎日つけてみたいですね。 みちひろ教会の信奉者スローガンの一つに「垣根は低く、懐は広く、深く」と言うのがあります。
教会の垣根を低くするとは?それは、言わなくても分かっていると思っていることをやさしく言うことです。
一例ですが、道を歩いている人が、ふとこの教会を見て、関心を持っていると感じたら、どうぞ、自由にお参り下さいと声を掛ける。 入ってきた方に、ここ会堂での拝礼の仕方を教えてる。大抵の人は、立ったまま拝む。2拍手で。ここでは、長イスに座って拝んでも良いことを説明する。お結界を教える。その前にお賽銭箱を教えると、ほとんどの人は、お賽銭を入れてからは、安心した様子で、態度が急に落ち着く。神様の名前とお働きの内容を話す・・・。
言わなくても分かっていると思うことが、内輪うちわの心構えになっていて、それが目に見えない垣根です。
当たり前のことを説明する親切が教会の垣根を低くします。
|
|
|
2002/7/24
|
神様が「みちひろコンセント教会」へゴーサイン・・・
7月7日月例祭後に教会信奉者幹部有志で会議をもち、みちひろ100年祭後の基本方針として天地金乃神様と霊神様の世界と直結する金光大神取次実現の「コンセント教会」宣言の話しが出され、全員が教会長が取次に専念することが一番の本来の仕事だからと賛成。(実は「コンセント教会」と言う聞き慣れない言葉を、質問もなく、一瞬の内に理解するメンバーにちょっと驚き、嬉しく信頼が生まれました)ここまでは会議はスムーズに進みました。
その後「こみにこ」の発行の現状を話し、私が「こみにこ」制作現場をカバーすることから離れる。そして、コンセント教会に専念したいと発言。信仰・布教・教会の共通認識をみんなに共有させる「こみにこ」は、100年祭後「編集長」がいません。編集会議もありません。これまでもコンセプトがしっかりしていたので、誰がしてもある程度出来るようにもなっていましたが、この編集をさせて頂いて、信心がこのように育てられ、おかげもこれだけ頂いたと言うほどの信心の姿勢が生まれなかった。7人の編集長の誰がしても、それなりの「こみにこ」が発行されたけれど、次の人も育てなかった。ただ、出すことだけが出来れば、ということでした。 編集長をする人、マックのオペレーターのこの二つがネックになって、これまでと同じような「こみにこ」発行は出来ません。私がカバー、フォローしての「こみにこ」は、これで打ち切りです。 「コンセプト教会」の動きは、信奉者にすべてお任せします。ここで、月報「こみにこ」がもう出なくても、今の教会の動き程度なら、コンセント教会の動きで充分、教会活動が出来ると発言。 みんなも2時間の検討の結果、休刊もやむなしと言うことになったが、村田さんが今日は「こみにこ」のメンバーが入っていないので、28日午後4時、青壮年フォーラムが終わってから「拡大編集会議」と言う名前で今日のメンバーとこみにこ編集者で会議開催してから、結論を出そうと提案して会議は終わった。
「こみにこ」発行新体制への動き 参拝者が全員帰ってすぐ1時間もしない内に、夕6時頃、会議出席の北尾総代が遠縁の修家智史君19才を初めて教会へ連れてきた。現在、コンピュータ専門学校に通っていると言うことで、「こみにこ」のマックのオペレーターをしても良いと言うことになった。同時に夕方に参拝の81才の平井美代子・元編集長が「こみにこ」の現状を聞いて、それはいけません、「私で良かったら、7,8月号の特別編集長をします」と言われ、先ほどの2時間の会議の休刊の動きが、二つのネックがアッという間に解消しました。
北尾総代も「自分は、石と庭の仕事をしているけれど、70才の今からパソコンを勉強します。それでも「こみにこ」のお役には間に合わないでしょう。だから、知り合いの青年を連れて来ても良いですか?教会のことも信心も何も知らないけれど、マックのオペレーターしてくれるなら、それでも良いですか」ということだった。教会から車で15分で、自分の姉の孫、つまり甥の子の家に教会の帰りに寄って、すぐそのまま修家君を連れてこられた。 会議の最終発言の村田信奉者の会会長も、せっかく100年祭が終わり、新たなスタートで教会紙月報「こみにこ」がでなくなるのは、なんとしても避けたい。そこで、教会長発言の「コンセント教会」は、信奉者として賛成だけれど、休刊の結論は、待ったと言うことでした。(でも、7月28日に今後のことを相談しても、物理的に休刊します。) 祭典の終わった夕方6時頃に参拝することの滅多にない平井さんが参拝し、すぐ、編集長がいないなら、この年寄りですが「私で良かったら、次に誰かがするまで2ヶ月させて頂きます」と思いを出された。
そこへ、神様が「コンセント教会」への基本方針に賛成され、しかも、これまでの「コンセプト教会」路線をも支持される動きをされました。 その後、修家君が「こみにこ7月号」を手伝い、時間的に19日一日の印刷、それまでの編集を考え、平井氏も今回は、残念だけれども仕方がないと言われた後、これまでの道雄氏が徹夜をして、7月20日号としてアッという間に出ることになった。しかも教会長が表紙と教話の原稿提出以外何もしなくて。
20,21日の信行会中にも修家君がフルに参加、また新たな動きが出てYの世代の私の娘が学院卒業後、ひっそりと教会活動からなりを潜めていたkikuが編集にタッチして、8月号から12月号までのプランが出来、すでに動き始めました。信行会の報告原稿もその日の内に集まり、28日の担当も決まり、あとはレポートを29日に入れるだけという超スピードの動きが生まれています。
「問題」という枠を崩し、壊れていく中に、神様の新たな甦り(よみがえり)のプログラムがスタートしていることを実感します。問題を直視すること、そこにおかげが生まれる土台が生まれます。 今回は、「天地金乃神様のコンセント教会」と言う基本方針、これまでの教会の信仰・布教・教会論の明確なわかりやすいコンセプトの教会紙月報「こみにこ」の役割評価。 大切なことは、年輩の70才の北尾氏の思い、69才の村田氏の思い、80才の平井氏の思いとその実行力が大きなキーポイントになって、流れがついて、超若い世代が応えたと言う図式が生まれています。その両方からのサンドウィッチ世代は、今回はただただその中で協力していく体制を作らされつつあります。
|
|
|
 |
 |
 |